2024年1月、首都高速道路会社は更新事業の一環で、26年間運用を停止している1車線の羽田可動橋を3車線に造り替える計画を明らかにしました。これは海底を通る羽田トンネルに損傷があることから、更新工事で一部を閉鎖するため、迂回ルートとして既存の構造物を活用しようというもの。工事後は、う回路を本線運用し、上り方向を高架3車線化、トンネル内を下り専用とする運用に見直し、通常時の渋滞緩和を目指します。長年動かなかった「可動橋」が高速道路として復活しそうです。
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🔸以下は《【ナニコレ?@大田】26年間“稼働”していない「羽田“可動”橋」》というタイトルで2023年4月に掲載した記事です。
呑川の河口が海老取川につながり、海老取川の河口が東京湾へと続く辺りは、東京都が「武蔵野の路 大井・羽田コース」に指定しています。ちょっと古い話なので「武蔵野の路」についての説明ははぶきますが、東京を周遊できる散策路として整備したもので、都内に21コースがあります。
呑川沿いにある大田区内の1コース「武蔵野の路 大井・羽田コース」の入り口に立つと「森ヶ崎海岸公園」の年期の入った立札に出くわします。あまり人どおりもなく、どこか異世界への入り口っぽい雰囲気が漂います。その先に何があるのでしょうか。
先ほどの立札から少し歩くと、やがて「あっち向いてほい」状態の橋というか道路というか、なんとも不思議な施設の光景を見ることができます。
これこそが、25年間“稼働”していない、「羽田“可動”橋」です。なんだか“トマソン物件”のようですが、この可動橋、元々は道路として建設されたもので、その役割を果たしていました。
この可動橋は高速羽田線の空港西入口から海老取川を渡る一方通行の橋として1990(平成2)年4月から利用が始まりました(上の写真・大田区広報課)。羽田線は1994年の湾岸線開通まで東京都心・千葉方面と羽田空港・横浜方面を結ぶメインルートで、海老取川の川底を通過する羽田トンネル(1964(昭和39)年開通)の慢性的な渋滞や通行上の危険を回避するために迂回路として羽田可動橋が建設されたのでした。
当時は周辺に鉄工所などがあり、大型船舶の航行を確保するために旋回橋方式による建設が決まりました。完成当時は珍しさも手伝って大きな話題になりました。しかしながら、1994(平成6)年に湾岸線空港中央~大黒JCTが開通し可動橋を通る交通量も減ってきたところから1998年(平成10)年、使用停止となりました。以来25年、一度も稼働することはありませんでした。
可動橋が復活するかもしれない!?
開通から60年近くになる羽田トンネルは改修が課題となっており、首都高速道路株式会社では2022(令和4)年の技術検討委員会において、工事を進めるために可動橋を復活し拡幅して利用しようという構想・検討が行われたとのことです。
羽田可動橋が再び道路として、橋として復活する日が来るのでしょうか。
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最寄り駅 | 整備場駅(東京モノレール) |
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住所 | 大森南5-6-5 |